戦争史上最悪の任務5選

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過去の戦争の歴史において、とりわけ劣悪な職務に就かされた人々がいます。知って気持ちの良いものではありませんが、人間の歴史を振り返り理解を深める上では、避けて通れない内容なのではないでしょうか。

1.19世紀の潜水艦乗組員

敵の戦艦を潜水艦で沈めるのは壮大な夢でした。南北戦争の時代になってようやく実現しました。できあがったのが写真のような代物です。考案者はH.L. Hunley。

プロペラを回すクランクの付いた窮屈そうな鉄管です。乗組員は他の七人とともに暗闇の中にしゃがみ、海中へと突入します。一人が舵取りをしてる間、他の七人がクランクを回転させます。

第一回のテスト走行では、艦長が誤ってハッチのレバーを踏んでしまい、水が勢いよく流入し、館長含む3人が脱出に成功しましたが、他5人は溺死しました。

潜水艦自体に問題はないということで臨んだ二回目のテストでは、発明者のHunleyも乗り込みました。やっぱり沈んで、Hunley含む全員が帰らぬ人となりました。

3回目の航行は、なんと戦場にて、ぶっつけ本番で行われ、奇跡的に相手戦艦を沈めるのに成功しました。潜水艦もまた沈んでしまいましたが。

2.少年火薬運搬員

18世紀、帆船同士の戦闘中において、船員は舟の操縦、砲撃に忙しく、また大砲の砲撃準備には手間がかかりました。そこで、子供に火薬を大砲に積む役割を負わせることを誰かが思いつきました。

9歳の少年が銃弾の飛び交う船上を、火薬の詰まったバックを背中に行ったり来たりします。このいわゆる「パウダーモンキーズ」と呼ばれた子供たちは、主に誘拐され、強制労働に従事させられていた子供でした。その任務には、戦闘中に死んだ他のパウダーモンキーズの仕事を引き継ぐことも含まれていました。

3.少年ドラマー

南北戦争時代、戦闘中の混乱状態の中、司令官の命令を聞き取るのは困難でした。そこで、ドラマーが士気の向上、命令の伝達に活躍しました。この任務には、小学生くらいの子供が割り当てられました。

たいていの少年ドラマーは、戦場においてドラムビート以外に武器を与えられませんでした。南北戦争では多くの少年が犠牲になりました。

4.カウンティング・クー

カウンティング・クーとは、ネイティブアメリカンインディアンが自己の勇敢さを証明するため、敵をクースティックと呼ばれる棒で触ってから逃げるという行為のことです。

敵を殺さず、儀式的な意味も無く、純粋に名誉のために行われていたようですが、部族内では若い戦士の義務とされていました。インディアンは戦争を現代におけるテレビゲームのようにとらえていたのかもしれません。

5.懲罰部隊

懲罰部隊とは、軍隊の中で、脱走兵などの軍規違反者を集めて編成した特別な部隊のことで、第二次世界大戦期のドイツやソビエト連邦に存在しました。

戦闘中、最も危険な位置に優先的に配備され、後退する者は後方の自軍によって殺されました。とりわけ地雷処理の任務は最も生存可能性が低いものでした。

The 5 Most Terrifying Jobs in the History of War | Cracked.com

以上、私も知らないことばかりでした。人は人にここまで無謀な仕事を割り振ることができるのかと思うと暗澹たる気持ちになります。人の行いの醜さ・愚かさを知るという意味では覚えておくべきことなのでしょう。

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